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2014年5月11日

あまり悲しんでいられなかった父のお葬式



父の話で思い出したことがあります。

父は胃がんで全摘する時、既に余命半年と医者には私達家族は言われました。しかし、母が父は意地を張っているが精神的には弱いので伏せておこうということになったんです。

そしてがん細胞はリンパの流れで全身に行き渡ってしまい、やはり再発しました。

そして2回目の快復手術が行われたんですが、もう手のつけようがないと何もせずそのまま切開されたところは綴じられてしまいました。

今思えばその次点で抗議して、なるべくがん細胞を取ってもらっておけばよかったと思いましたが、その時はもう気力が私にも母にも残ってなかったんですよね。

そして数カ月後父はこの世を去りました。

葬式だの親戚への連絡、呆然としている家族を尻目に私は悲しむ暇もなくただ黙々と事後処理を続けました。もうこの時はほんとに精神的に一杯々だったんでしょね。

で、なんとか葬儀にこぎつけました。

後は火葬場で遺体を焼いてもらうだけ。

今年と同じく雲ひとつ無い穏やかな日に父は煙になって天に登って行きました。

私が住んでいるところの葬式は焼いた後、箸で焼け残っている骨を骨壷に入れるしきたりです。年もありますが、焼いた骨は結構もろく崩れ去るので、余計悲しみを誘うことになるんですが、やはりうちの父は他とは違いました。

普通は骨の欠片と灰が残るだけなのですが、家の父は化学室によくある、骨の原型で出てきました。つまり全く崩れてない。

焼き場の方も一瞬間がありましたが、気を取り直して箸を持ち、そっと骨を摘む。
しかし焼きあがった父はびくともしない。
もう少し力をいれてもびくともしない。

箸を平行に持ち骨に振り下ろしても跳ね返される。傷ひとつ付かない焼きあがった父。

そして焼き場の人は遺族が間近に居るのもかかわらず箸を握りこみ、箸の先端を力いっぱい焼けた父に叩き込みました。

ボキッ!

見事に折れたって感じの音を立ててようやく焼きあがった父は観念しました。

その光景を見ていた私はもう既に悲しいとか思っておらず、心のなかで(ようやくか、ひつこかったな)っとつぶやいておりました。

そんなつぶやきを心でしていたら隣にいた母がひと言。

「骨だけは丈夫だったのね」っと真顔でのたまわれました。

葬式怖いって思った瞬間でした。



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